最近は、だんだん過ごしやすい気温になってきました。
気が付けば日没も早くなり、秋が深まって来るのを感じます。
特に私は秋が大好きなので、とても嬉しく思いますが、ここ最近の気温の変動の激しさには驚いています。
日中は、動くと汗ばむくらいですが、夜になると急に冷え込んできますね。
いつも「冷えとり」が中途半端な我が主人は夕飯を食べながら「夜になると冷えるな。そろそろ灯油を買っといたほうが良いんじゃないのか? 」と言っています。
私は有難いことに「冷えとり」で頭寒足熱にしているとそんなに寒くありません。
「まだ10月だし、暖房器具を出すのもメンドクサイし、まだ暖房は早い。それよりもっとしっかり靴下を履けばよいのに。お風呂も毎日入れば良いのに」と心の中でつぶやきつつ、口では「そのうちに灯油を買っておくわ」と言ってごまかしています。
肺が悪いと、強欲・悲観的
さて、秋は主に肺の毒出しの時期ですが、肺が悪い方のメンタル的な特徴としまして、強欲、悲観的と言われています。
肺の毒が多いと、肺は肝臓を攻めますので、肝臓に毒が溜まり悪くなります。
肺と肝臓が悪いと何かと細かいことが気になったり、潔癖症になったりと神経質になりがちです。
強欲というのは、いわゆるお金に細かいケチという事も入ります。高価な物や高い地位に上がりたいというような、今ある現状に感謝をせずにもっと良いことを強く望むという事もあるようです。
例えば、私から見れば「冷えとり」を実行してから顔色も良くなったり、風邪を引かなくなったり色々少しずつ良い方向へ行っていると思うのですが、ご本人は「何もかも希望通りにすぐに100%良くなっていないと気に入らない」と不機嫌になったりします。
でも、それは無理な事だと思います。自分の思い通りにいかないのが人生なのです。
そういう人生を何とか臨機応変に生きていくのが人生だと私は思っています。
「順風満帆な人生などあり得ない。だから努力するのよ」と母の声が聞こえてきそうです。
悲観的というのは、何でもマイナスに捉えてしまい絶望的に考えがちになります。
鬱病を冷えとりで克服
よく聞く「鬱病」というのも、肺が関係しています。元々は「冷え」が酷くて一番「冷え」に弱い腎臓に毒が溜まり、腎臓が悪くなります。
腎臓が悪いと怖がりになり、消極的になりますし、スタミナが無くなります。その腎臓の毒は肺が受け取ってくれます。
「腎臓の怖がり」に「肺の悲観的」が加わると、鬱病のような精神状態になり易くなります。
今まで「冷えとり」を実行して鬱病を克服した方を何人か見てきました。
精神的な病気は中々治るまでが難しいようですが、中には重度の鬱病だった方が「冷えとり」を始めてすぐに断薬をして、その結果、かなりのリバウンド(毒出し)に見舞われて、一時期は自力歩行が困難になったほどでした。
その方は、そこから一年くらい踏ん張って、現在はお元気にご活躍しておられます。
誰でも不安になるような強い毒出しの症状だったとの事で、私も直接ご本人から経過をお聞きしていました。
私がその立場になったら果たして乗り越えられたかどうか? と思います。かなり激しい毒出しだったとお聞きしています。その方には心から敬意を表します。
私の経験上ですが、毒出しには険しい峠が来ます。それを超えるかどうかで結果が違ってくるように思えます。
しかし、毒出しの程度は人それぞれですので、全員が同じような毒出しの症状になるとは限りませんので、ご理解いただけましたら有難く思います。
観音様は強欲?
かなり前の父の話です。
「観音様は多くの人々をお救いするのが役目の仏様だ。少しでも取りこぼさずに救いたいという意味で手の指の間には河童の手にあるような水かきがある像がある。でも、もっと多くの人を救いたい、もっと多くの人を・・・と願いすぎるのは強欲とも言えるのだ」と罰当たりな事を言っていました。そういう考えは面白いですね。何事もほどほどが良いという事でしょうか?
でも、目標に向かって努力する事は大切だと思いますが、それはそれでまた違うという事らしいですね。生きるという事は難しいものです。
肺が悪い人は○○を好む
ところで、肺が悪い人は特に「お米」を好むと言われています。「お米」が肺を助けてくれるそうです。それと「唐辛子」のような辛味を好むとも言われています。
「唐辛子」は助けるのとは逆の作用になるそうですから、ほどほどにお使いください。とはいえ、薬味程度の少量なら問題はありません。本の「温める食べ物・冷える食べ物」のページにもあるように「隠し味」の作用で逆の物を少量入れる方と体が頑張るので効果が高まるそうです。
肝臓が悪い人はこの時期は、特に「栗」を食べたがるようです。最近、肝臓の悪い我が主人が「栗が手に入ったら栗ご飯を作ってくれ」と言っていました。面白いですね。
「冷えとり」をして心も温かくしてくださいね。